2016.8.7

仕事に関するお願い

 最近、色々な場で私自身がお話させていただく機会が増えていて、とてもありがたいのですが、その際に行き違いになることが多い点についてのお願いです。

 
★やむをえない場合をのぞいて、ご要望や変更などありましたら、前日までにご連絡をいただけると嬉しいです。
 

★写真等の撮影がある、後日べつの媒体(又はネット上)に内容を掲載する……等も、かならず前日までにお知らせいただけると大変ありがたいです。
 直前ではなかなか判断や準備ができないことも多いため、当日になってからではお受けできない場合があります。

 

 お手数をおかけしますが、何卒よろしくお願い申し上げます。

2016.7.21

『ナラタージュ』映画化が決まりました

 先週の14日に映画『ナラタージュ』の情報が解禁になりました。
 私にとって初めての映画化です。
 以前からの読者の方や、初めて知ったという方からもたくさんメッセージを頂いて恐縮しつつも、本当に感謝です。

 
 個人的に、『ナラタージュ』は光だけじゃなく影の部分も濃い小説だと思います。
 だけど、このメンバーなら、やり切れなさにばかり覆われることなく、青春の瑞々しさと眩しさを放つ映画になると思いました。
 今からただただ完成が楽しみです。 

 
 すべては読み続けてくれる人がいたからだ、とあらためて思います。

 
 作家として、これからも多くの方にむけて、記憶に残る小説を書いていきたいです。 

 

2016.3.7

断片的に考えたことと、「今」という物語

 しばらく、ひっそりしていて、少しずつ人に接する機会を増やしていったら
「あ、好きだな」
とか
「楽しい」
という感覚が鮮明になってきて、むしろ以前よりも心地良いと感じることが増えた。
 味覚と同じなのだ、と思った。慌ただしかったり、刺激が強すぎたりすると、どうしても細部まで感じる力が鈍る。
 人のちょっとした優しさとか繊細な丁寧さを感受することができなくなったり、体に悪いものを「美味しい」と錯覚したりする。
 それはむしろ、とても不自由なことかもしれない。満たされるものの数がどんどん減っていくのだから。

 
 最近知り合った方から薦められて、『断片的なものの社会学』という本を読んだら、すごく良かった。
 ぽっかり空いた穴のような日常の断片によって、自由になっていくのを感じたり、突然、示された鋭さに息を呑み、静けさと向き合ったり……読後はなにかに許されたような気持ちになった。
 間や改行が印象的で、すっと体に入ってきて馴染む感触が詩のようだと思った。
 ジャンルや形式にかぎらず、身体感覚に自然と寄り添う言葉の表現に触れたとき、人は詩を感じるのかもしれない。
 何色でもない余白というか、自分の中にそういう領域を作りたくなった。

 
 「懐かしい」は本来、しみじみとしたものだ。でも、そうじゃないものもあるのだと最近気付いた。
 世の中には、理不尽な目に遭うのを許容しすぎる人がいる。まわりから見れば、とても歯がゆい。相手のことを想っていれば、なおさら。
 でも、そういう人はきっとずっと親とか大事な人から「理不尽」ばかりもらってきたのだろう、と実感することがあった。
 愛してほしい相手からの唯一のプレゼントが「理不尽」だったらすごく悲しい。けど、それは同時にとても「懐かしい」ものになる。
 ずっと昔、すごくひどいことをされて苦しそうなのにどこか嬉しそうな人を見て、なにを言っていいか分からなかった。
 今ならと考える。
 その「懐かしい」はあなたの味方じゃない、と言いたかったのだと。

 
 
 緊張、という表現は妙かもしれないけど、4月に『イノセント』という新刊が出るので、いつになく緊張している。
 それは2011年から続く「今」を書いたからだと思う。
 いま、「今」を書くと、自ら望まなくても、あちらとかこちらとかを決定づけられる可能性があって、いつだって書くことはそうかもしれないけど、とくにそれが強くなっているのが「今」だと思うから。
 ものすごく救われる言葉で、ものすごく傷つく誰かがいる。
 言葉とは、そういうものだから。
 それで曖昧にしたり、なんとなく逃げていたのだけど、もう少しだけ強く願ってもいいのではないかと、あるとき思ったのだ。祈り、よりもうちょっとだけ強く。
 「今」であると同時に、男と女とか、救済とか、親の呪縛とか過去とか、ごく普遍的な小説になりました。
 ここ十年くらい作品によっては読むのが少しつらいと感じていた読者の方には、
あいかわらずハードなところもあるのだけど、でも、ようやく幸福までたどり着きました、
と言えるのが嬉しい。

2016.3.5

少しずつの春――エッセイとか、家族とか。

 書いては消して、消すことをしていたら、すっかり更新が滞っていた。
 2015年は、仕事面ではとても充実していたけれど、家庭にまったく手がまわらなくなったりして、ちょっと書きすぎたかな、という反省もあった。
 なので2016年前半は充電しようと思っていた。
 頭を休めるためにtwitterを停止して、短いエッセイやゲラ作業をやりつつ、ひさしぶりに家の中をぜんぶ片付けたり、料理を習ってみたり。
 雑なところとか適当なところを直してもらって、良くも悪くも食べ慣れていた自分の味が変わるのって、不思議な感じだ。いや、味どころか色も違ってくる。角煮の艶、ちらし寿司の淡い春色……同じ手から作り出されてるのに、となんだか面白い。

 そして何週間か籠っていたら……小説書けなくなりました。
 そんなわけで「やっぱり外に出よう」と小説の取材をしたり、ネット復活させたり、人に会ったりしてました。
 勉強させてもらったり、胸に残る話を聞いたり、年明け早々、色んな方にお世話になっていてありがたいです。

 
 『B級恋愛グルメのすすめ』が文庫になって、夫が解説を書いてくれた。
 解説が入ったことで、本当に一冊の本として完成したように感じました。感謝です。
 独身時代から、結婚式から、出産まで。ぎっしり。
 小さき者は可愛いのだけど、それ以上に、「懐かしい」と思う瞬間が多い。
 育児してると、十歳離れた弟のことを折にふれて思い出すのだ。産まれたての弟を抱いた瞬間から大人になるまでのことを。
 だから、二人目の子とまでは言わないけど、1、5人目みたいな感じがちょっとある。
 角田光代さんの『八日目の蝉』を読んで、赤ん坊を連れ去る主人公の姿に泣いてしまうのは、誰の子かは関係なく、初めて赤ん坊を抱いた瞬間の「強烈な離れがたさ」が書かれているからではないかと思った。
 だから、私よりも熱心に我が子の世話を焼く夫を見ていると、彼だけが見ている「初めて」が、少し羨ましかったりもする。

2015.8.10

ジャンルにまつわるetc・集計結果

 純文誌を卒業する、と宣言したことに関して、作風のことなど多少質問を受けたのですが、ここ数年はほぼエンターテイメント誌に移行していたので、実際にはそこまで大きな変化はないと思っていた。
 個人的な内面に深く入っていく作業は、純文誌だからできた部分も大きい一方で、ジャンルごとに書き分けようと意識したときに文体が変わるのが気になっていたので、そこがもっと混ざり合って一致させたいという気持ちもあった。
 小説を書くのが楽しい。それはずっと変わらずにデビューから書き続けてきたけれど、ちょうどこの機会に、そもそも作風とはなにか、と立ち止まることができたので、これまでの作品を整理する意味も込めて、twitterで読者の方に、どの小説が好きですか、という質問をした。 
 複数冊挙げてくださった方も多かったので、一晩で300近い回答になった(ちょっとアバウトな集計ではありますが)。
 聞かないと分からないことがたくさんあることをあらためて実感したので、以下、解説しつつ挙げていきます。

『ナラタージュ』はやはり断トツで、ここから入ったという方も多く、本当に自分にとって宝のような一冊だ。
年齢、時期とタイミング、恋と高校卒業、偶然に重なった要素が凝縮していて、こればかりは同じような小説はもう書けない。
それは残念じゃなく、むしろ生涯に一度の機会を与えられたことが幸運だったと思う。
 その次が『波打ち際の蛍』というのは意外だったけど嬉しい。
私自身がこの小説を、思い入れがある、好きだ、と言ってはいるものの、略歴では省略されることも多く、けっして有名な一冊ではないからだ。
 麻由の回復と希望は、当時、精神状態が最悪だった自分の状況にも重なる。迷いの多かった時期に、ひさしぶりに書くことの光と手ごたえを感じられた小説だった。蛍、さとる君、紗衣子さんなど、好きな登場人物も多い。
 三番目が『アンダスタンド・メイビー上下』だったのも少し意外だった。この小説はとにかく長いのと、物語性や展開のために文体の繊細さを捨てた部分があったからだ。とはいえ私の青春のすべてだった。これまでの中で一番書き終えるのが淋しかった。
 高校に行きたくなくてふらふらしていた時期に、親に見捨てられ刹那的に笑って生きる同世代の子たちに出会って衝撃を受けた。
親に上手く愛されなかった子供たちがなんとか大人になれますように。それが1400枚に込めた祈りだった。
それから、『クローバー』、『君が降る日』、『Red』と続いた。あとは『あられもない祈り』、『一千一秒の日々』『よだかの片想い』など、あまり差がなく挙がっていた(短編で『クロコダイルの午睡』『野ばら』などもあった)
今まで出会ったことがなかったけれど、『真綿荘の住人たち』が一番だという方もけっこういると知って嬉しい驚きだった。
『生まれる森』や『リトル・バイ・リトル』を挙げてくれたのは、初期から読んでくださっていた方だろうか。
『夏の裁断』と『匿名者のためのスピカ』を挙げてくれた方もいて、本当にご協力ありがとうございました。

 
最後にこれまでの単行本の初出を、ジャンル別に紹介しておく。
なんとなく書き分けが分かる、とか、そんなに違わないよ、等々好きな感じで眺めて楽しんでもらえたらと思います。
ではでは、また次回作で。

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【初出が純文誌】
『シルエット』(『群像』)
『リトル・バイ・リトル』(『群像』)
『生まれる森』(『群像』)
『大きな熊が来る前に、おやすみ。』(『新潮』)
『あなたの呼吸が止まるまで』(『新潮』)
『あられもない祈り』(『文藝』)
『七緒のために』(『群像』)
『夏の裁断』(『文學界』)
  :
  :
【初出がエンターテイメント誌(中間小説誌・書下ろし含む)】
『ナラタージュ』(角川書店・書下ろし)
『一千一秒の日々』(『ウフ』マガジンハウス)
『クローバー』(『野性時代』)
『波打ち際の蛍』(『野性時代』)
『君が降る日』(『パピルス』)
『真綿荘の住人たち』(『別冊文藝春秋』)
『アンダスタンド・メイビー上下』(中央公論新社・書下ろし)
『週末は彼女たちのもの』(ルミネ広告連載)
『よだかの片想い』(『小説すばる』)
『Red』(読売新聞Web 中央公論新社刊)
『匿名者のためのスピカ』(『Feel Love』)

2015.3.31

4月 島清授賞式、たくさんの金沢、来年

 昨年に刊行した『Red』が第21回島清恋愛文学賞を受賞した。
 賞をいただくのは12年ぶりで、『Red』は濃い時間を経て全力を費やした小説だったので、本当に嬉しかったし、ほっとした。
 開通したばかりの北陸新幹線に乗り、金沢市の授賞式に行ってきた。
 初めて金沢を訪れたのも『Red』の取材時だった。視界がなくなるほどの大雪で、移動も大変だったけれど、その分、白い街はとても美しかった。もう一度行きたいと強く思っていたので、感激もひとしおだった。
 受賞のスピーチは、東京から駆けつけてくれた担当さんたちに「緊張してましたねー」と言われるほどあがってしまったけど、石川県の皆さんも、選考委員の村山由佳さんと小池真理子さんもすごく優しくて、心が熱くなった。
 取材旅のときも思ったけど、私が出会った石川県の人たちは、みんな、優しい。
 「デビュー作から読んでます」という読者の方と話すのは、いつになっても不思議な感じがする。そんなに多作なほうではないけれど、長い時間ずっと飽きずに追ってくれるというのは途方もないことだ。
 
 もう一つ楽しみにしていたのは、能美市にある、九谷焼の上出長右衛門窯の見学である。
 数年前に原宿のスパイラルホールで、偶然、個展を見たときに、艶やかな花柄の髑髏とか、本物そっくりのバナナの焼き物とか「こんなの作れるんだ」とびっくりして以来、ずっとファンで、この機会に窯を見学させていただくことになったのだった。
 それにしても繊細な手作業の奇跡……ろくろの上でひとかたまりだった土がうにょんと一瞬で伸ばされて、次の瞬間には器の形になっていた。目を見張った。素人みたいにべたべた触って何度も直したりしないのだ。日本の職人さんの熟練の技すごい。絵付けも焼くと色が変わるとか、不思議。物作りって面白い、としみじみ思った。

 
 授賞式の翌朝、北國新聞を開いたら、『島本さん「九死に一生」』という見出しが……!恋愛小説の賞とは思えない衝撃の見出し……。
 ちなみに九死に一生というのは、村山由佳さんとの公開トーク中での一言である。
 1月の辻村深月さんとのイベントでも軽く触れたが、年明けの頃に色々あって
「もう自分は小説を書けないかもしれない」
と思い詰めた時期があった。
 そのときに電話で喋った西加奈子さんに泣き言を漏らしたら、強く励まされて(直木賞を受賞したばかりで多忙な作家さんになんて迷惑な、と後から反省……)今回、賞までいただいて九死に一生を……というのがトークの流れだった。
 来年のことはまだ分からないけれど、単行本の作業をしつつ次の小説の準備を始めていけたら、と今は思ってる。ここ数年追ってきたテーマを今年ようやく形にできて、それらの連載が終わったら一区切りつきそうなので。
 書いている最中は、なかなか自由に身動きが取れないことも多いので、たくさん人に会ったり、色々なところに行ったり。心機一転して、また長編という長い旅に出たい。

2015.3.30

3月 ざわめく春

     土曜日のお昼に、だしまき卵やから揚げをお弁当箱に詰めて、近所の河原にお花見に行った。
     そのときは3分咲きだったのに、翌日には満開。桜の時期は一瞬だ。
     昼間の桜は明るい。散り際でも、日差しの中で見る花吹雪は淋しくない。
     夜桜は対照的だ。どんなに幸せな気分のときでも胸が痛くなる。生と死だったら、やっぱり圧倒的に死に近い感じがする。夜に浮き上がった木のグロテスクな曲線とか、眩しすぎる花の白さとか、闇の中の桜は肉感的でなまなましい。

     先日、執筆の合間に、ひさしぶりにアンソロジー集を読んだ。略奪愛、というテーマと『きみのために棘を生やすの』というタイトルに惹かれて。
     最初の窪美澄さんの『朧月夜のスーヴェニア』から、もう良かった。戦時下の静かな絶望の底に、男女の抗いがたい欲望が流れている。こういう短編すごく好き。
     そして、千早茜さんの『夏のうらはら』で、言い当てられた気がしてはっとした。後半の部分なので詳しく書けないけど、そういえば誰かに「嫌い」と言ったのは一人だけだったことを思い出した。
     

     好き、と言うのは、それはそれでとても緊張するけれど、少なからず口にしたことはあった。
     でも「あなたが嫌いです」は一人しか記憶がない。ほかの言葉は選べなかった。相反する激しい感情が心のうちに混然として、嫌い、としか言いようがなかった。
     どうしてそんなことを言ったのか今でも考える。昼間の桜と夜の桜は同じ花であって同じ花じゃない。好き、ではやっぱり違っていたし、足りなかった。

2015.1.21

1月 被災地、写真の風景、これから

 午前中に溜まっていた原稿を送った後、手帳を見て、明日の夕方までなら連載の取材に行ける、と思った。
 いそいで旅支度をして出発した。津波被害のあった宮城県の沿岸部へ。
 二年前、石巻に行った。だから被災地を訪ねるのは二度目だ。

 新幹線の中で、彩瀬まるさんの『暗い夜、星を数えて―3・11被災鉄道からの脱出―』(新潮社)を読んだ。温かいペットボトルのお茶を、ちょっとずつ口にしながら。
 この本は、福島県を旅行中に被災した女性作家・綾瀬まるさんによって書かれた、震災直後の数日間と後日の記録だ。刊行されてすぐに購入したものの、最後まで読み終えることができていなかった。
 三年経った今でも、内容は強烈で、お腹の底にずっしりときた。でも読んで良かった。怖くて直視できなかったものにようやく向き合った気がした。

 
 強い海風の吹く土地を、寒さに震えながら、ずっと歩いた。
 瓦礫はすでに撤去されて、川に掛かった橋の手すりが歪んでいたり、数少ない廃墟のほかには跡形もなかった。青い空の下に慰霊碑と巨大な観音像が立っていた。
 自販機コーナーに立ち寄ると、震災前の写真と震災後の写真が展示されていた。
 震災前の写真を見て、初めて、大きな声が出た。
 そこに映っていたのは、人の生活と歴史と体温が入り混じった、穏やかな町だった。
 その町を目の前の風景に重ねようとしても、私には正直上手くできなかった。以前、長編を書くために写真のことを調べていた時期があって、それからもずっと関心はあったのだけど、このときが最も、写真、というものの意味と価値に打たれた瞬間だったかもしれない。
 この土地になにが起きたのかを、一瞬で、全身に教えてくれた。
 伝えたいことを伝えるために小説という手段は絶対。
 もう何年も自分にとってそれが当たり前だった。
 でも、吹き抜ける風の中で、自分ができることはなにか、をひさしぶりに頭の中がからっぽの状態で考えた。(小説をやめて写真を撮る、とか、そういうことではなくて)
 なにがしたい、とか、できるか、はまだ分からないけれど、今年は、もう少し、被災地を巡ってみようと思う。

2014.11.26

10月 夢/うたかた

 もう会えない、あるいは会えなくなると思うと、ひんぱんにその相手が夢に出てくるようになる。あれは、とても困る。
 現実では縁が切れているのに、夢の中では仲良くしていて、胸に秘めていた感情をようやく伝えられたり。
 あるいは、いきなりばっさり切られるような別れを迎えて、呆然としたまま起きることもある。
 

 そういう夢から覚めたときの、手の中になにもない感覚は、何度味わっても切ない。
 

 でも、本当は違うのだと思う。信頼がちゃんと築けていれば、不慮の事故でもないかぎり、そんなふうに普通はならないから。一方的に終わるのは、自分にとって正しい関係でも重要な間柄でもなかったというだけ。
 ここ数年は、そういうのが、少しずつだけど冷静に分かるようになってきた。でも、まだ慣れない。自分の人生の中で突然、人が消えてしまう感覚は根深い。
 

 自分は気にしてないつもりだったのに、しょっちゅう出てきて、もしかしたら引っかかってるのだろうか、と気付くこともある。
 最初に通っていた高校と大学を中退したとき、(あらためて書くとやめすぎ……)母が
「中退すると、学校に通ってる夢をずっと見続ける」
と話していたことを思い出す。まさにそう。
 自分では数少ない英断だと思っていて
「ああ、本当に無理して通わなくてよかったな。小説書けてよかった」
としみじみ考えるのだけど、未だに教室でひどく緊張している夢を見る。
 情けないのは、そういうときに夢の中の自分がかならず
「そうだ。学校やめよう」
としか考えないことである。克服するという発想は何歳になったら生まれるのだろうか。もしかして一生、生まれないのか。

 
 最近は、とある事情でもう会話することが難しい父と喋る夢をよく見る。
 世間話だけのときもあれば、この前ははっきりと
「僕は新作の××を読んだんだよ。それで、後半の展開について」
と具体的なタイトルを挙げて、なにか伝えようとしていた。けれど後半は聞き取れなかった。目が覚めてからも、ずっと思い出したかった。
 昔、私が十代で短編の賞をもらったときに、父はわざわざ自宅宛てに
「経験不足による性描写の甘さ」
について指摘したFAXを送ってきた。
 そんな父親だったので、親子としての距離感はなかなか難しいものがあったのだけど、この頃は夢のほうから近付いてきてくれるから、ちょっとずつ、思い出されたり整理されていくのかもしれないと思う。
 

2014.9.24

8月 青や白から、赤へと

 月に一度なら書けるはず、という理由でdiaryを毎月更新にしたのに、それすら間が空いてしまっていた……。
 とはいえ肝心の小説の仕事で忙しいのは、ありがたいことだ。
 三年間くらい勉強したり構想を練ってきた新連載『イノセント』(twitterでも書きましたが、タイトルほどピュアな内容ではありません)が『小説すばる』でスタートして、来月からは純文誌でも不定期連載が始まる。

 そして、『Red』!! 
 ようやく装丁も帯もすべて仕上がって、刊行にたどり着きました。
 気合の入った長編のときにかならず見る、「ゲラの直しが間に合わない夢」に今回もばっちりうなされつつ。
 内容に関しては、装丁と帯だけで十分だと思うので、ここでは触れないでおきます。
 タイトルの意味についてだけ、少し。
 二つの意味を込めました。
 ひとつには、赤から連想されるイメージ(官能的、危険なもの、女性をあらわす色)の総称としての、Red。
 もうひとつには、これまで青や白でたとえられることが多かった自分の作品のイメージを塗り替えたい、という想いから。
 手に取っていただけたら幸いです。

2014.8.25

7月 夏の思い出 旅の思い出

 今年の夏は、取材の旅によく出ていた。
 
 子供が生まれてから、色んな場所に出かけたり、頭をからっぽにできる時間が本当に少なくなった。
 完全に「生活」をしながら小説を書くことはなかなか難しい。日常や想像から生まれるものもたくさんあるけれど、風景描写だけは頭と言葉だけでは無理だ。実際に見た景色や空気や土地の人の体温、そういったものが五感に触れて初めてぽろぽろとこぼれてくる。
 とはいえ何日も留守にするわけにはいかないで、国内に限定して、一、二泊の中に予定を凝縮して、早朝にばっと出発する。
 夜気が残る青い朝に、がらがらとキャリーバッグを引っ張って歩くときの感じがとても好き。静かに高揚する。
 担当さんと一緒のときもあれば、一人で行くこともある。普通の取材ならいいけれど、自分がほんとうに知りたいことは、人を付き合わせるのが微妙なものも多い。「車で16時間かけて往復する感覚が知りたい」とか、「離島の真っ暗な夜道を走って海を見に行きたい。ちょっと蛇とか出るかもしれません」とか。
 

 それにしても旅に出ると、自分は全然日本のことを知らないんだな、といつも実感する。
 絶景、風習やお祭りやアート、知らない生き物や食材。ずっと東京にいると、おざなりに消費してしまいがちな快楽や幸福感が、ゆっくりとした時間の中に美しい形でとどまっている。
 大胆さや自由な発想も変に歪められることなくあって、そういうものに出会うたびに、少し生まれ変わるような気持ちになる。
 

 今年は、能登半島にも初めて行った。
 車で移動中、窓の外には昔話の挿絵みたいな里山がずっと見えていた。花や枝の間からこぼれる太陽に照らされて、時が止まったような景色が流れていった。
 そして輪島塗。勝手に敷居が高くて渋い伝統工芸品というイメージを抱いてたけれど、白壁の店内に並んだ器は、現代的なデザインの物もたくさんあった。完熟林檎のように艶々とした赤色が可愛くて、見とれた。
 ほっそりとつぼみが開いたような形は「百合椀」とか、そういうネーミングもいい。なにより安い。(想像していたよりは)
「現地価格だよ。デパートに卸すと、倍近い値段になるから」
と店のおじさんに教えてもらって、シンプルな赤い飯椀を買った。軽くて、洋食器とも意外と相性がいい。
 忘れられないのは海の駅で食べた焼き牡蠣だ。
 見渡す限りの水平線と、さっと焼いただけの、熱々の香ばしい牡蠣。潮の味。目の前の海を丸ごと食べているみたいだった。気絶しそうに美味しかった。
 

 取材目的だと難しいけれど、じつは子連れの放浪の旅みたいなのもちょっと憧れる。(子供には落ち着いた生活をさせたいので、憧れるだけなのだけど)あてもなく旅から、旅へ。
 まだなにも知らない瞳に、透けるような海の青や、途方に暮れるほど広大な景色を映してみたい、と時々夢想しながら、お茶碗を洗ったりしている。
 

 何年経っても、忘れられない夏がある。十代の頃、実際に血は流れなくても、思い出すと今でも重たく血なまぐさいくらいに暴力的な夏の夜だった。 
 闇にお祭りの赤提灯がぎらぎら浮かび上がって、カセットデッキからローカルな曲が大音量で流れていた。喧騒。白い腕と、思春期特有の男の子のTシャツ越しの尖った肩。
 そのときのイメージは、『初恋』という短編と、『アンダスタンド・メイビー』という長編で書き終えたので、だいぶ遠くなったけれど、夏を振り返るたびに、やっぱり真っ先に思い起こされる。傷つけられた記憶すら、花火のように色鮮やかに。そんな夏が、やっぱり好きだ。

2014.7.18

6月 雨の日は傘を持たずに――ディストピア小説についての感想

 傘が苦手で、一人のときはたいてい持たずに出かける。
 よほどの土砂降りじゃなければ、実はそこまで雨は濡れない、と勝手に思っている。
 東京には商店街や高架下がたくさんあるし、影をつなぐように軒下を歩けば、荷物までびしょびしょなんてことはめったにない。それに濡れたら乾かせばいいのだ。それよりも荷物が一個増えて、片手がふさがるほうが面倒だ。

 大学時代、私が雨でも傘なしであらわれるので、びっくりした女友達がいつも傘に入れてくれていた。
打ち合わせのときも、担当さんがどうぞどうぞと傘を貸してくれる。そこでようやく、あ、これは他人に迷惑をかけることなんだな、と気付いた。
 いくら本人が、濡れても平気です、と言ったところで、私だけが雨に打たれていたら、隣にいる人は心苦しいし、傍目にも印象が悪い。それで、待ち合わせのときだけは傘を持っていくようになった。
 

 最近では、小雨の中、自転車を飛ばしながら、傘を持たなくてもいい生き方だけをワガママに選んできたのだなあ、とちょっと思う。

 
 もう二カ月くらい前になるけれど、親しい方から、カズオ・イシグロ原作、蜷川幸雄演出の『わたしを離さないで』の舞台に誘っていただいた。そして観劇後に、小説を読んだ。
 その後、新潮社クレストブックスのセス・フリード『大いなる不満』(個人的には原題の、ザ・グレート・フラストレーション、というタイトルが好き。響きもかっこいいし!)の中の『フロント・マウンテン・ピクニックの虐殺』を読み、吉村萬一さんの『ボラード病』を読んだ。
 麻痺した世界、麻痺した人々、ディストピア小説を、偶然、たて続けに読んだことになる。
 

 『わたしを離さないで』は、男性の友人との間で意見が分かれた。
 一つの完璧な絶望世界が構成されているのはすごいと思うけど、主人公が女性で、性や臓器の話が介入するときに身体的な感覚がほとんど書かれてないのがどうしても引っかかる、というのが私の意見。
 それに対して相手の答えは、「身体性を重視するあなたが、そう言うのはよく分かる。ただ、そういうものが一切排除されているからこその完璧な絶望なのだと思う」。
 それを聞いて、ああ、とも思った。それも納得できる意見だった。
 あの穏やかで、美しく、涙さえも忘れたように淡々と過ぎていく世界の悲しい手触りは、感動や手放しで好き、とは少し違うけれど、奇妙に透き通ったまま胸に残っている。

 
 『フロント・マウンテン・ピクニックの虐殺』は、すごく好きな短編だった。
 ひどい受け身な絶望を書いているのにユーモラス。ほとんど惰性のような同調圧力が恐ろしくてリアルで、最近、自分が漠然と抱いていた違和感が、素晴らしく面白い形で書かれていたので感動した。
 ほかの短編も馬鹿馬鹿しいのに鋭く人の心理を描いている。作者は1983年生まれだと知り、国を超えても年齢が同じだと時代に対する認識や意識に共通するものがあるのかもしれない、と少し感じた。
 
 
 吉村萬一さんの『ボラード病』は、前の二作とは、一つ大きく違うところがある。主人公が麻痺していないのだ。だからよりつらく切ない。でも一番強く残った。
 傍観者だったはずの自分がいつの間にか中に引きずり込まれていて、肌に直接触れるような感覚が絶えず波のように寄せてくる。
 なにより、言葉の断片が強く刺さって残る小説だった。一読しただけで、印象に残った文章がそのまま思い出せるくらいに。随所に差し込まれた不穏な仕掛けにぞくっとさせられ、唐突にひっかき傷を残す文章には、適切な表現ではないかもしれないけど、奇妙な快感を覚える。
 また、この小説は、母性の物語だとも思った。読み始めの濃厚な不吉さからは想像もつかない祈りが込められている。
 母親の娘に対する接し方は、歪んでいて過剰で、ちっとも正しいさえ分からなくて、でもただ一つの祈りだと思った。

2014.5.21

5月 教室、あの頃と今

 じっくりと沈み込むような春が過ぎ、ようやくすっきりと抜けた感じがする。
人に会いたい、美味しいものを食べたい、遠くへ行きたい。そんな欲求が高まってきた。ああ単純だな、動物だな、としみじみ実感する。

 
 子供の頃はそうはいかなかった。幸福なのは休みの時期だけ。学校が始まれば、あとはもう憂鬱な時間が淡々と過ぎていく。誰が、とか、なにが、というより、教室やクラスという制度自体が息苦しくてつらかった。
 たとえ自分が対象じゃなくても、誰かに悪意が向けられたり馬鹿にしたりされたり、そういう空気を感じただけで逃げ出したくなる。かといって互いに干渉せずに放っておくには、教室という空間は密接すぎるのだ。
 いじめはどうして起こるのか、とか、いじめはいけない、なんて言うけれど、子供たちが狭い教室内に何十人もいて毎日顔を突き合わせて、気の合わない相手とも適度な距離感で円滑にやれ、というのは実はむちゃくちゃだ。そんなこと大人だって難しい。

 
 昨年、ヤマシタトモコさんの漫画『ひばりの朝』を読んだとき、思春期の矛盾や理不尽がいっぺんに蘇ってきた。
 胸に溜めたすべての感情が言語化されていることにもびっくりして、読後しばらくは、思春期と今とが入り混じって区別がつかなくなるくらいだった。
 あの頃、「あたしはわるくない」と叫びたくて、でも声に出せなかった少女がどれほどいただろう。
「息を止めていたので平気でした」
というフレーズのやりきれなさが胸に焼き付く。
 その一方で、辻先生のような大人の気持ちも今は理解できる。あのなにもしない、無関心と良心を内包した女性がそこまで人としてひどいほうではないということも。
 本当に個人的に完璧なほどの「あの頃」だった。

 
 なので未だに大勢になると緊張する癖が抜けない。
 以前、カウンセラーの先生と話す機会があったときに、一対一に比べて、集団だとどんなに楽しくても疲れてしまうときがある、と言ったら
「誰に合わせていいのか分からないから混乱するのだ」
という指摘を受けた。けれど
「一対一のときだって、じつは相手がなにを考えているか、本心ではどう思っているかなんて、分かりようがないのだ」
とも。
それを解決するのは結局のところ
「無理に合わせないことしかない、合わせすぎたら自分がなくなって、結局、その場にいるのが他の人でも良くなってしまうのだから」

 
 だけど自分のことこそ分かっていなかったりする。ここ数年、強く印象に残る出来事がいくつかあって痛感した。そして自分らしさは、あまりに脆い。
 最近は、小説を書いていても、今まで薄くてがたがたしていた線をなぞり直しているような感覚が伴う。その作業の中で、足りなかったものが明確に姿を現して、強度を増していけたらいいと思う。

2014.4.24

4月 空が青いことも知らなかった

HPをリニューアルしたので、これからは不定期だった日記をやめて、月に一度、日記と散文の中間くらいの形で綴っていこうかと思う。前の月を振り返りつつ、ご報告をかねつつ。

 

そして、3月から4月にかけて。

 

木の芽時というけれど、たしかにこの時期の私はだいたいおかしい。一年分の無理や違和感が突然芽吹いて、どっと感情に押し流されがちになる。

今年は暖かくなるにつれて、どんどん内向的になっていった。ちょっと好きな人たちに会ったら、すぐに家に引っ込んで資料読みと書くだけの毎日。

最後のほうは頭の中がみっちり詰まりすぎて息をするのも苦しかった。お酒を飲んでもすぐに疲れる、食事もほんの少しで胃もたれしてしまう。

 

じゃあつらかったかと言われたら、すごく楽しかったのだ。使えば使うほど脳の速度が上がる。知れば知るほど自分がいかに知らないかを知る。

その繰り返しに異様な興奮を覚えて、ある朝、ずっと決まらなかった『Red』のラストが思いついて、やった、あともう一カ月は今の状態で飛ばして書く、と思った直後、突然の激しい頭痛に襲われた。

もう経験したことがないくらいに痛くて、頭の中で実際に血管がぎゅうぎゅう伸縮する感覚を生まれて初めて味わった。

三日間苦しんで病院に行ったら、担当の先生が恐ろしい病名を色々口にして心配するので、初めて本気で死ぬかと思った。

いろんな検査の末、風邪のときに鼻の奥で起きた炎症が脳の近くまでいっていたことが分かった。強めの点滴や抗生物質もなかなか効かなくて、しばらく寝込んでいた。

 

その間に読み返した、宮沢賢治の『眼にて云ふ』という詩と、よしもとばななさんの『TUGUMI』が圧倒的に眩しかった。それにしても体が弱っているときってどうして異様なほど空が青く映るのだろう。

桜なんて全然ゆっくり見られなかったのに、病院を出てタクシーに乗るまでの、ほんの数秒間の葉桜と青空があまりに綺麗だったから、もうそれでいい気分になった。

 

『眼にて云ふ』は、坂口安吾が『教祖の文学』の中で紹介していて

「半分死にかけてこんな詩を書くなんて罰当りの話だけれども、徒然草の作者が見えすぎる不動の目で見て書いたという物の実相と、この罰当りが血をふきあげながら見た青空と風と、まるで品物が違うのだ。」

と書いている。罰当りだとは思わないけど、言いぐさは安吾らしくて笑ってしまう。

だけど賢治は恐ろしい。あまりの突き抜け方になんだか急に楽になって、自分までこのまま賢治と成仏してしまうかと思った。

そういえば以前、報道写真家のゲルダ・タローが撮影した、内戦で亡くなった人々の写真を見たときにも、悲しいはずの写真なのに、あまりに優しく静かに美しいので、一瞬、死が怖くなくなった。そういう小説をいつか書けたらいいと思う。

 

『TUGUMI』は、最後の手紙の数行があまりに染みて、(ネタバレになってしまうので引用しないけれど)、ああ私もこういう状態だったのだ、だからどんどん弱っていったのだ、としみじみ悟った。言語化されることで解放される。初読から十数年経ってまだ新しく知る部分があったことにも驚かされた。本との出会いは、まるで一つの人間関係のようだ。

 

そしてまだ完全には治っていないようです。自分で頭の中は覗けないので、勝手に判断して無茶をするわけにもいかず……。

刺激物を一切控えて、慎重に生活していると、野菜とか素朴な焼き菓子の味がどんどん濃くなる。それは少し面白い。でも来月にはワイン飲みたい……!